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読書メモ:2007/07/22

P1030865 掲載日 「 2007/07/22 」 
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 日曜日のおやつは・・・
 先日、八戸せんべい汁と一緒に
 ちはやまこと様から頂戴した
 まるごとりんごパイ
 “ 気になるリンゴ ” ♪

青森のリンゴをシロップに漬けてから、一般のリンゴパイのように煮ることをせず “生” の食感を生かしたままパイに焼き上げたもの。

甘さひかえめでシャクッとした食感が素敵。
まるごと1個、ぺろりといただきました☆
( ちはやまこと様、ありがとうございます! )

ごちそうさまっっっ♪


さて昨日からの 読書メモの続き。
こんな稚拙な文章でも読んで下さる方がおられるのは、ありがたいやら恥ずかしいやら(汗)、恐縮です☆
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昨日の 『ブログがジャーナリズムを変える』 の後半を読んだので、メモの続きを書きたいところだけど・・・、

少し、時間をおいて改めて再読するほうが良いと判断しました☆

筆者の貧弱な脳みそは単純素朴で(笑)、前半を読んだ段階でも、多分に誤解を含んだ一定の「勝手な思い込み」が形成されてしまったようで・・・。

この「思い込み」を持ったまま本の続きを読むと、どうしても自分に都合の良い記述ばかりが目についてしまい、著者が本当に言いたいポイントを見落とす危険がある。

このため、続きをじっくり吟味するのは少し時間をおいてから・・・。

ただ、少し気になったのは著者が後半で述べている「これからのジャーナリストの定義」の部分。

> 高邁な思想を持って天下国家を論じることだけがジャーナリズムではなくなる。文章としての質の高さが必要条件のジャーナリストの時代は終わろうとしている。
これからは高邁な思想を持たなくてもいい。身のまわりのことを論じるだけでもいい。文章がへたでもいいと思う。

「社会を良くしたい」という思いの言論活動はすべて新しいジャーナリズムの範疇 に加えてもいいのではないだろうか。(P.199)

うわー!、ものすごい性善説。
いささか、極論に飛んでしまっているような印象なのだけど・・・。

なかには、ブログを炎上に追い込むような「悪者叩き」が一種の世直し行動、「社会を良くする運動」と心得ている人だって多いのだから。
著者自身のブログも炎上を繰り返し経験しているのに、どうしてここまで楽観的に書けるのかと(汗)


そんな疑問を抱きつつ、次の課題図書を読んでみた。

★新刊!『サイバージャーナリズム論』 ← 基本情報はAmazon.comで。

5人のジャーナリストによる共著で、さきほどの『ブログがジャーナリズムを変える』の著者も参加している。

新書版で短いため読みやすい。昨今の論点やキーワードが多数言及されており、しかも発売になったばかりの新刊なので大変参考になる。

さて個人的に興味を持ったのは前述の通り、

「ジャーナリズム」 と 「ジャーナリスト」 の定義とは?

・・・ という点。


該当する部分を抜き書きしてみる。ページ順は前後するが、まずは本書のまとめ役である歌川令三氏から。

> ネット時代のジャーナリストの要件は、(1)自らの考えを発信し、そのことによって他者の共感を得ること、(2)共感の積み重ねによって、自分の記事以外のさまざまな情報の“鑑定人”として信頼を得ること、この二つを満たす人物であることだ。(P.264)

とてもわかりやすい定義♪
これによれば、ジャーナリストの要件は人間的な能力と物理的な手段を何らかの形で満たしていれば良いのであって、プロとアマを問わず、また媒体・手段がマスコミかネットかも問わないことになる。


次に、第七章で対談を行っているお二人の意見。前段で両者が持論を述べたうえで直接対談している。


まずは、スポンタ中村氏。

> 韓国で生まれた「オーマイニュース」や、日本のインターネット市民新聞も、主催者はプロのジャーナリストだ。彼らは既存のジャーナリズムの延長線上にいる。市民記者とは「あなたも記者になれる」とおだてられ、ネットで身辺の情報を送稿している作文好きの大衆のことだ。(P.211)

じつは中村氏自身が過去に市民記者を経験し、失望したという経験を踏まえてこのように語っている。

> マスコミ出身の“お偉いさん”が運営している限り、市民参加型ジャーナリズムの成功はあり得ない。(P.211)

そうかな?
退役軍人が、他国のゲリラ兵士の教官や指揮官として活躍する例もある・・・ なんてのは不適切な連想かな?(笑)
その兵士は、やがてムジャヒディンとなって恩人の母国と戦争したりするんだけど☆

> 世論に影響力あり、と考えられている有名ブロガーたちも、市民参加型ジャーナリズムを成功させるコンセプトは持っていない。彼らは情報技術のビジネスマンであり、民主主義なんて真剣に考えたことのない人たちだ。(P.211)

この「ビジネスマンは、そもそもジャーナリスト」ではない、という見方は、あとで対談相手の森氏と対照的な見解として思い出されることになる。

> まだジャーナリズムの進化が始まったばかりで、新しいジャーナリスト像は地平線のかなたに隠れている のだ。(P.212)

「まだ見ぬ新たなジャーナリスト像」を想定する主張もまた、既存のジャーナリズムの立場から考える森氏とは対照的だったりする。

> ジャーナリストの用件は、アナログであろうとデジタルであろうと、よき世論の形成者であることだ。そのためにはP2Pシステム
(筆者注:今後のネット状況を同氏はそのように想定している)の中に、インテグレーター(統合者)とオーソライザー(署名者、権威付け者)の機能を導入したらどうかと思う。(P.216)

> 彼ら
(筆者注:前項のインテグレーターとオーソライザーを指す)はP2Pという情報社会の「知的門番」であり、そういう人間こそが近未来のジャーナリスト像ではないだろうか。(P.218)

この「インテグレーター」と「オーソライザー」とは何か?という点について具体的には、同氏は対談の中で次のように述べている。

> P2Pで情報を交換するうちに、PEER(仲間)のうちで、みんなから信頼される中心人物が自ずから発生してくるんです。そういう人こそ、ウェブ2.0時代に期待されるジャーナリスト像ではないでしょうか。(P.231)

同氏は、これを一種の「システム」としての存在と規定している。
そのまえに、覇権争いのブロガー戦国時代になることは心配無用?

> そもそもジャーナリストとは、健全な民主主義を実現するための世論を形成する役割を負う人でなければ・・・
(筆者注:「健全とは?」という質問に答えて)民意が正しく反映されるという意味です。だから、ジャーナリストは民意を反映した言論を提出できる人でなければならない。(P.236)

いささかナイーブな発言かなぁ。「健全な民意」なるものを定義しようとすれば、それこそナンセンスな議論に陥りそうだけど。

> 市民参加型ジャーナリズムの記者は、世論の牽引車ではなくレポーターです。だからジャーナリストではない。(P.236)

「レポーターはジャーナリストではない」、と。これまた余計な議論を招きそうな・・・

> (筆者注:アルファブロガーについて)彼らはジャーナリストになり得る資格を備えています。その人たちの中から私の定義するP2P世界のインテグレーターが生まれてくるのです。(P.238)

良くいえば未来を信じる前向きな主張なのだけど、一種の救世主信仰という気がしないでもない。


次に、対談相手の森健氏。

> 現状を概観すれば、ブログがジャーナリズムに影響を及ぼしているのは疑いない。ブロガーが報道を正しい方向に導いた例を挙げれば、印象的な事例が多数思い出される。(P.220)

ブログだけでなく、時には2ちゃんねる掲示板でさえ、NHKの「奇跡の詩人」騒動などで報道を正す方向の動きを作り出したこともあったっけ。

> だが、そうした流れをもって、ブログをそのままジャーナリズムと定義するのはいささか無理がありそうだ。(P.223)

> 改めて指摘すると、
(筆者注:ブログとジャーナリズムは)根本的に二つの点で役割が異なるからだ。その二つとは、報じることの「コスト」と「責任」だ。
(中略)しばしば名誉毀損の裁判で言及される「公共性」「公益性」「真実性」「相当性」といった責任だ。こうした責務の重いことを市井のブロガーに求めるのは、一般的に言って酷だろう。(P.224-P.225)


同氏の主張は、最初から「プロのジャーナリストの真似は、甘っちょろい個人ブロガーには無理だろう」という思い込みが伴っているように思える。

取材には身銭を切って、あらゆる訴訟リスクも覚悟で信念を書くブロガーさん、けっこう多いような気もするんですけど・・・。

レストランで自腹で食事をして、「是は是、非は非」で感想を書くグルメ系ブロガーだって、実名を出している人なら同じ思いのはず。

> 先に、「journal」という言葉は「日々の記録」という意味だと述べた。だが、「journalism」としたときの意味は、以前から厳密に定義されている。そこにはこうある。
「ビジネスとして、取材、執筆、編集、撮影をしたり、ニュースを放送するなど、あらゆるニュースを指揮する職業」(米ランダムハウス)
過不足ない説明だろう。
重要なのは、経済活動を伴う「ビジネス」であり、「職業」としていることだ。(P.227)

これが、さきほどの中村氏の見解とは対照的なポイントのひとつ。

> よきブロガーはジャーナリストか? 答えはまったくNOです。そもそもブロガーとはブログという意見発信のメディアを持った人のことです。ブロガーであろうとなかろうと、私の定義するジャーナリストの条件とは、まず取材すること、そして多くの人が理解できるだろうと思われる内容と表現で情報を形成し、これをあなた(筆者注:中村氏のこと)がマス・ディストリビューターと命名する マスメディアで発信すること です。
(中略)そこに職業人として登場する人がジャーナリストです。(P.234)


ここで歌川氏から 「マスメディアで仕事をしていない人は、ジャーナリストではないのか?」 という質問が出て、森氏はこう答える。

>
そう思います。(P.235)

同氏は、「ジャーナリストとは、マスコミで働く人」と極めて単純明瞭かつ厳格な定義づけを行っている。
→ 訂正追記。
 森氏は 「マスメディアにあらずばジャーナリズムにあらず」 と言い切っている。

> アルファブロガーが世論の主導者の一人であるのは認めますが、アルファブロガーすなわちジャーナリストではないでしょう。ジャーナリストというのは、マスコミで職業としてお金を稼いでいる人のことです。(P.238)

はあ、そうですか・・・☆
他人の不幸もメシのタネにしてこそ、誇り高き「ジャーナリスト」の使命だと。

問題を起こしても会社がかばってくれるし。←記者本人は謝罪せず逃げたまま。

あらゆる責任を自分ひとりで引き受ける個人ブロガーと比べれば、はるかに甘っちょろい気楽な稼業、それが森氏の言う「職業人としてのジャーナリスト」 だとしか思えないのですが。


ページ順には逆行するが、前の「ブログがジャーナリズムを変える」の著者は、本書のP.72で多摩大学の公文教授の主張を紹介している。

> 公文氏によると、プロがアマチュアをばかにすることは過去の時代の変革期にもあったという。
「国家化の局面では、農民で構成された軍隊を貴族や武士はばかにしたし、産業化の局面では、女子供が工場で作る製品をギルドの親方はばかにした」という。(P.72)

> 日本でも士族は平民で構成された軍隊をばかにしたが、西南戦争では士族で構成する薩摩軍が平民などで構成する官軍に負けた。ギルドの親方にばかにされた大量生産の製品は、技術の進歩とともに品質を向上させ、われわれの生活に浸透している。(P.72)

> 公文氏は、本当の情報化はこれからだという。情報発信ツールの飛躍的な改良と情報発信欲求の高まりを背景に、アマチュアジャーナリズムはプロのジャーナリズムに対し質で肉薄し、量で圧倒するようになるという。(P.72)


そういや、某番組では「サムライジャーナリスト」と自称するレポーターが出てたなあ・・・ なんてことは本論とは関係ないか(笑)


さて、森氏のブログにトラックバックしてみます。反応があれば続報でお伝えします。

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コメント

『きになるりんご』って、女性の場合だと2、3人で食べても充分かもっていうぐらいボリュームがあるんですが···、さすがお一人で食べきるとは相変わらず凄いですね(´A`)

投稿: ちはやまこと | 2007年7月23日 (月) 00時21分

さっそく森氏の話ですか、早い展開ですね(笑)
通じるところもあるけど違うところもあります。

つきじろうさんが例で引用しているような勘違いな記者やマスコミ関係者は論外。
ジャーナリストと呼びたくないですね。

ブロガーはジャーナリストに成り得るか?⇒Yes
ブロガー=ジャーナリストか?⇒No
だと思います。

それに関連して・・・
ここは時々お昼を食べるお寿司屋さん、その五代目のブログ
http://sushiei.at.webry.info/200707/article_3.html

これについて考えていたら遅くなってしまった。。。zzz

投稿: ロレンス | 2007年7月23日 (月) 01時44分

これ、青森ひとり旅のお土産に買いましたよ!!
懐かしい!!

仙台の新婚夫婦にあげました★


あー、自分用も買っておくべきだったなぁ(T_T)

投稿: つたまる | 2007年7月23日 (月) 03時03分

◆ちはやまこと様、
 
 おかげさまで、美味しくいただきました♪
 喫茶店で食べるアップルパイとは全然違っていて、形も味も
 食感も、“生”の持ち味がよく生かされてましたね!
 ごちそうさまでした~☆
 
◆ロレンス様、

 こちらも読んで下さってありがとうございます。

 > つきじろうさんが例で引用しているような勘違いな記者やマスコミ関係者は論外。ジャーナリストと呼びたくないですね。

 それでもやっぱり、ジャーナリストなんですよ。なにしろ
 「マスメディアで仕事をしてお金を稼いでいる人(by 森氏・談)」
 なのですから(笑)
 ♪ジャーナリストは~、気楽な稼業ときたもんだ~♪

 お寿司屋さんのブログ、拝見しました。店主のお気持ちは多少
 わかるように思います。もしかして新聞ではなく個人のブログ
 だったら、また違った反応になったかな?とも思いますが・・・
 
 この点、個人ブログは「ジャーナリズム」以前のレベルでまず
 「クチコミ」としての是非を問われるかもしれません。
 
 どう見てもジャーナリズムとは言えないけれども、明らかに
 率直な感想を述べているブログであれば、やはり「信頼できる
 クチコミ情報源」として有用な存在です。

 事実無根のデタラメが書かれていないかぎり、お店の側としても
 これを止めさせることはできないでしょう。まあ誤解があれば
 それを説明して理解・訂正といった余地は残されていますが。

◆つたまる様、

 ごぶさたです!
 
 青森ひとり旅ですか。旅情あふれるイメージですね~☆
 ・・・って、自分用には買わなかったんですかぁ?
 
 おいしかったですよぉ~(むふ)

投稿: つきじろう | 2007年7月23日 (月) 06時41分

なんかツッコミどころ満載ですね(笑)こういうのをジャーナリストではなくて、ブロガーに論じさせればどうなるでしょうね。

普通の雑誌より読者数が多くて影響力のあるブログを想像して欲しいです。スポンサーがついてるってことは、プロなんだけど・・。たぶんアルファブロガーの実態を想像できてないんでしょうね。

投稿: くに | 2007年7月23日 (月) 18時29分

◆くに様、

 ご自身でもブログを持っておられる方なんですけどね・・・

 どうして、既存のメディア構造だけを前提にして考えることしか
 できないのかと。
 
 変わりつつあるものを見逃さない観察力と、未来を予期する
 想像力を少しでも持っていれば、このような発言は恥ずかしくて
 とても口にできないだろうと思うのですが。

投稿: つきじろう | 2007年7月23日 (月) 21時07分

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